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2013年7月14日 (日)

新盆

昨日、初めて親のいない新盆を迎えた。

新盆を自分たちでやるのは初めてだったが、弟が新盆セットを購入。
その中に、精進料理が簡単に作れるフリーズドライが入っていた。
湯で戻すだけで立派な精進料理が出来上がる。
私たちはきちんとした朝ごはんは食べないので、これには助かりました。

みな、帰ってきてくれているかな??

亡き親への想い・・・
母親は20年以上も前に亡くなり、もう悲しみは癒えたけど、
できなかった親孝行はいつまでも心残りだ。
そして時々、この年齢になると想う。
母親と女2人で美味しいものを食べに行ったり、温泉旅行行ってみたかったなぁと。

父親とは口喧嘩もしたけど、亡くなって、もう何も会話ができないこと、
親孝行ができないことが、いろんな場面で思い出して寂しい。
まだまだ長生きしてほしかった父親。
その気配が生活から消えてしまい、まだまだ悲しく寂しい気持ちがいつも心の片隅にある。

もうすぐ8月。
去年の8月は父と家族と親族で、最後の温泉旅行をした月。
その温泉旅行からもうすぐ1年とは、人生は、この頃・・・過ぎるのが早い。

正直なところ、放射線治療はともかく、
抗がん剤なんて投与させなければ良かったと思っている。
そしたら、きっとまだ生きていたんじゃないかと思う。
徐々に悪くなっても、その方が色々できただろうし、楽だったんじゃないか?
きっと75歳なら放置が良かったに違いない。

だって、抗がん剤をしてから急激に悪化したのだから。。。
痛みや吐き気、すべては抗がん剤をしてから急に出た。
父は治療を始める前までは、ふつうに食事を食べて、車も運転し、温泉旅行も行っていた。

抗がん剤投与では、肝臓癌はほとんど小さくもならず、増えていった。
おまけに2度目の大量抗がん剤投与後しばらくすると、骨転移の腫瘍から出血。
胸水もたまり、1か月の入院と放射線治療という道を辿った。
その後一気に痩せて、食べられない、車も運転できないどころか、寝たきりになった。そして、望みも、生きる気持ちも失ってしまった。
結果、抗がん剤で何一つ、好転はなくて、急激に悪化しただけだった。

もう悔やんでも父は戻ってこないけど、父の投与した抗がん剤の治療には未だに後悔の念が湧いてきます。

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コメント

「孝行したいときに親はなし」って、父が良く言ってましたっけ。
ほんと、そうですね。

医者に殺されない47の心得ですよね。これ読みました。
他にも近藤氏の本は2冊持っていて、まだ読めていないのもありますが、けっこう納得できる部分があったりするんですよね。
そうは言っても、実際になると治療をしない決断って難しいというのも事実ですけどね。。。

全然話違うけど、今神奈川で震度3の地震。
縦揺れで、ドンドン、ドン!ってきた。
最近、縦揺れの神奈川県の地震がけっこうあります。怖いわぁ。。。なんだろう。

投稿: アネゴ | 2013年7月17日 (水) 22時40分

親っていて当たり前だと思ってしまいがちで
普段は可愛くない態度をとってしまうけど
いなくなった時に色々後悔したり寂しくなったりするんだろうなぁ。
抗癌剤といえば。
岡本夏生が医者に殺されない○つ(←うろ覚え)の方法…だっけな
そんな感じの本を紹介してました。
なんか、ガンでも抗癌剤やらない方がいい時もある、
勿論、早期発見・転移前とか
転移してても処置した方がいい時もあるけど
自然に任せた方が苦しみが少なく済む…みたいな事が書いてあったとか。
決めるのは本人や家族だったりするけども。
未来がわからないから『どちらかを選ぶ』って
難しいですよね。

投稿: ★スコーピオン★ | 2013年7月15日 (月) 11時53分

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