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2006年11月の6件の記事

2006年11月26日 (日)

掲示板☆11/26~

私は、小さい頃から自分の声はあまり好きじゃいのですが、

歌を歌うことは大好き!!

小さい頃はよく家の中でひとり、歌を歌っていました。

それも鼻歌程度ではなく、思いっ切り歌うため、

「おまえの声は3軒先まで聞こえる」 と、親によく言われてました (^_^;)

そう、私は子供の頃から声が大きい。
でも今は、そこまで声は出ませんし・・・しゃべりが持続できません。
(スラスラと滑らかに持続して話せないです)

そして、いつもの大きさで喋り続けると、声枯れが一時的にひどくなります。
(みなさんは「話し続ける」と、どうですか??)


そういう声枯れも気になりますが、
最近、カラオケで歌を思いっきり歌いたいという欲求が!!
でも、
高音は裏返ってしまったり、かすれて出せません (T_T)
思いっ切り声を出して歌う気持ちよさ・・・
いつかそんな風に歌える日が戻るのかなぁ・・・?

気持ちよさを感じるくらい声を思いっきり出して、歌いたいょー!!!

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2006年11月23日 (木)

自分だけじゃないよね・・・

前向きに考えていたのに、
全く、思ってもいなかった結果を聞いたときの自分の狼狽ぶり・・・。   

本当に悪い方へいろいろ考えてしまうと、どんどん入り込んでしまいますね。
たくさんの不安に囲まれ、やがて恐怖に支配されて・・・心が壊れそうになる。
自分で自分をとことん、身動き取れない恐怖の中へ追い詰めてました。

でもでも、
そんな風に一生懸命、頭で心配や不安を考え抜いたら、病気がどうにかなったか?
  

・・・どうにも、なりませんでした。

そういう事をして、自分の身に起こったことは・・・
どこまで続くはわからないほど、果てしない恐怖だけでした (+o+)
それと、恐怖による下痢とか食欲不振とか寝込むとか・・・。


「目に見えないけど、少なくとも、免疫力が自分の中にあるから、
他の病気にならないんだし、今生きている。
こんな不必要な恐怖を作って、気力と免疫を消すのはストップしないとダメだ!」

・・・とは思っていても、そんな時もありますよね。
心なんて、そんなものだし。
でも、「そこに入り込んだままにならないようにしなきゃ・・」 と思います。

そして、皆さんのコメント読んで、とても励まされました。
私より大きな不安を抱えている人もたくさんいるし、
何度も手術している方もいる。

症状の程度や状況は違っても、

「みんな、怖いのは、不安なのは、同じなんだ。 自分だけじゃないんだ 」

・・・という事に、皆さんの気持ちを教えていただいて、改めて気付かされました。


1人で抱えないで、心の中を話すのって、必要ですね。

そして私だけでなく、
皆が、お互いに気持ちを共有することで励ましたり励まされたり、
いろんな気持ちを分け合えたことが、とても嬉しかったです。

みなさん、本当にありがとうございました。 m(__)m

私も、そして皆さんも不安になったりしたら一緒に話して、
また気持ちを少しでも楽にできるといいなぁと思います。 

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2006年11月19日 (日)

不安と心配に占領されて・・・

先々週からの首の鈍い痛みに不安がまた顔を出してきて、週明けに再度、先生に電話していた。私の心配は、声は出ているものの、未だにガラガラしていることや、
首の鈍い痛みと腫れているような感じが、咽頭がんでは??という恐怖になっていた。

先生に電話で話したことは、
耳鼻科を紹介してほしいことや炎症反応だけではなく、腫瘍マーカー(これも完全ではないけど)も、毎回の血液検査項目に入れて経過をみたいという事だった。

それに対して先生は、
「まだ術後6ヶ月しか経ってないから、耳鼻科へ行っても「様子を見ましょう」ということになると思うし、それだけ声が出ていれば大丈夫だと思うんですけどね。心配なら木曜の午後ならうちでも耳鼻科が診れますから。
あと、ここに掛かる以前の病院の血液検査では、どんな炎症反応検査をしたのかわからないけれど、うちはちゃんと調べているから大丈夫」 という事だった。

全国から患者が来るほどの専門病院の先生だから、きっと私の執ような心配には気を悪くしたかもしれないけど、彼には消化不良になった気持ちを話していた。

「私はさ、しこりを4ヶ所で診てもらって、その時も血液の炎症反応や超音波もして「心配ない」って言われたんだよ!?
普通ならきっと、そこで安心するかもしれないけど、私は自分が納得できなくて5ヵ所目のS大学病院へ行った。
で、そこでよくよく調べたら「乳頭癌です」 って、言われたんだよ!?
で、今回手術して甲状腺を全部取ったのに、術後から左にシコリがあるし、今回は術前にはなかった右にもいくつかあるって言われ、しかも首は痛いし腫れているようだし・・・。

誰だって、そんな経緯もあった上に、そんな症状があったら心配で不安じゃない?!
だってさ、癌だょ?!
予後は良いといっても、未分化がんになる場合も100%ないとは言い切れないんだし、
父親の知り合いなんて、乳頭癌で亡くなってるんだから。

どんな検査にも限界はあるし、見てくれる医者にも左右されるんだ、って思うよ。

もちろん、I病院は専門だし、超音波検査だって他にないくらい念入りだから安心はしてるよ、先生も患者の言葉に耳を傾けてくれるしね。
だから、心配ないとは思っているんだけど、
初めてシコリで病院へ行ったあのとき、
自分自身が体の異変を感じながらも、完全に医者任せにしたままで
あの病院へ行き続けていたらどうなっていたと思う?!
それで病気の発見が遅れたり、診断が間違ったりして手遅れになっても
誰も私の命の保障なんてしてくれないよ!

最初にそういう疑心になるような病院巡りを経験しちゃったから、
今の私には自分の体の状態や命に関わる安心を、100%、検査や人任せだけには
できないんだよ。
こんな気持ち、きっと○○先生と言えどもわからないんだよね。
自分がガンだと言われた人しかわからないんだよ。きっと。」

と、思いっ切りネガティブにハマっていた先週、そんな心の内を一気に機関銃のごとく彼に吐き出していた。
最初に告知されたときにもなかった状況に、自分でもどうしたんだろう・・・と思った。

翌朝、
穏やかな天気の中、仕事へ行くために駅に向って歩いていたとき、
何だかちょっと気持ちがすっきりしていることに気づいた。

甲状腺乳頭がんのリンパへの転移はよく見られることだと承知の事とは言え、
『絶対に転移させたくない、』と、強く思っていただけに、
今回のこの自分の結果が納得できず、許せなかったのかもしれない。
しかも、
免疫力を高めよう、食事に気をつけよう、体温を上げよう、と、
自分なりにやってきたのに(努力は足りなかったけど)・・・何でシコリができるの?!!という納得できない思いもあった。


そして夜、
何気なく見ていたオーラの泉で江原さんが言っていた言葉に、ハッとした。
自分も、肩や気持ちに力が入り過ぎていたことに気づいた。
(耳鼻科へは念のために行く予定ではいるけれど)
そんなに力を入れて自分で自分を締め付けないで、
ちょっと肩の力を抜いてみよう・・・。

どんどん力を入れて内に入り込んだら暗闇しか見えなくなってくる。
余計に考えても、悩んでも、心配し過ぎても、仕方ないんだ。

力を抜いたら、
必要以上に心に占領していた余計な恐怖が、出て行った気がした。

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2006年11月18日 (土)

遠い昔の記憶

私の母親はS状結腸がんになってから、肺に転移して、最後は骨にも転移。
そして、私の誕生日の次の日の平成元年12月9日、46歳で亡くなってしまった。

母親は八百屋の娘に生まれて、12人兄妹だった。
うち4人はすぐに亡くなったとかで実際は8人。(そんな時代の人)

私が小さい頃
1月2日は、毎年母親の実家へ兄弟全員が集まってお祝いをする日と決まっていた。
(子供達には、合計で数万円にもなるお年玉が楽しみだった!)
父親たちは、お酒を飲んで話にふけり、
母親たちは、おしゃべりと花札。(お金を掛けていた)
子供たちは、広い家でかくれんぼをしたりして思いっ切り遊んだ。

私はお爺ちゃんの、つるっつるのハゲ頭を触っては「コラッ!」と言われるのを面白がっていた。
でも孫が多いためか、それとも遊びに行くのが年に1度だったからか、
記憶がないだけなのか・・・、
お金は貰っても遊んだ記憶は浮かんでこない。

その祖母が鼻のがんで死に・・・・(と言っても、83歳くらいだった)
妻を追うようにして祖父も死んだ(84歳くらいかな)

1人亡くなるごとに、いつの間にか正月の集まりは消えていき、
兄弟と言えども付き合いも無くなり、今ではほとんど縁もなくなった。

12人も兄弟がいて、その頃、大病になったのは母親だけかもしれない。
お葬式のとき 「○○ちゃん(母)は、いちばん病院と無縁だったのにねぇ・・・」
と、母の姉妹が言っていたくらい本当に、無縁だった人だったのに。

体の異変がありながらも、怖くて病院へなかなか行かなかったらしい。
そんな母が私に残した言葉は「おかしいと思ったら、すぐに病院に行きなさいね」だった。 

以来、今から思えばちょっとした体の異変にも『がんかも?!』と、疑うようになっていた。

体のどこかが、ほんの少しの違和感を感じただけですぐに病院に行くようになり、
その異常な不安症自体が病的だと思う時期もあったけれど・・・
行かずにはいられなかった。
そして、いつも 「どこも悪くない」 と言われてきた私。
それなのに、病気に対する不安は消えなかった。

そして、 母親が死んでから18年目に甲状腺がんになった。

つい最近は、父親の姉が母親と同じガンになった。
(でも、幸いにも高齢だからその後は転移もなく順調なようだ)
その後、父親にいろいろ聞いたら、母親の一番上の姉が子宮がん(早期で命に別状なし)で手術したらしいと聞かされた。

そんな心配症の私・・・
先生と話したときは安心したのに、すぐに不安がわいてきて、
大丈夫と言ってくれた先生に、再度電話して心配を訴えてしまった。
そのあと、先生に言えなかった納まりきらない気持ちを、彼に話していた。

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2006年11月12日 (日)

昨日の診察

先週、突然、右の首に鈍い痛みを感じて触ってみると、
何だか腫れがあるような感じだったので心配になって主治医に電話してみました。

先生と話した結果、
「術後6ヶ月くらいになるし、超音波をしてみましょうか」と言ってくれたので、
さっそく、昨日診察に行ってきました。

採血と超音波をして、診察を待つこと5時間。


超音波の結果では、左(これは以前から自覚していたしこり)以外に、
今回は右にもしこりがいくつか写っているという事・・・ (>_<)
でも、
血液検査では特に悪い結果はなく、炎症反応も出ていないとういうことで、今回はこのまま様子見に・・・。
そのしこりがどういうものかは、細胞を取って検査しないことにはわからないという事ですが、術後半年くらいだと「しこり」はできる場合があるとの説明に、

「心配だぁ・・・」 と言うと、

「心配? 大丈夫。 心配しても仕方がないからね。
しこりは足の付け根とか脇の下にもできるでしょ。長く付き合っていくと思って、大きくなったら取る、という気持ちでね、大丈夫だから」と、優しく言ってくれる先生。

が、私があまりに気にしていたためか、
「12月に診察予定だったからまだ薬はあると思いますけど、今日出しますか?それともまた来月くる?」 と先生。

私 「来ます!」

先生 「じゃぁ、そのときまた超音波をしてみますか?」 
ということで、薬が切れる12月上旬の診察時も、超音波することになりました。
(副院長先生は人柄が優しいので、話すだけでなんかホッと安心します。)

しこりがあるのは気になるものの・・・
再度、食事や体を温めること、免疫力を高めること、ストレスを残さない、
そういう生活をもっと大切にしないと!!って、思いました。

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2006年11月 6日 (月)

掲示板☆11/6~

少し前までは夏物を着ていたのに、急に寒くなってきましたねぇ~(>_<)
連休はみなさん、どこかへ行かれましたか!?

私は2泊3日で、長野県へ温泉旅行に行ってきましたょ~!

今回は1年前から予約していた「仙仁温泉・岩の湯」
きれいな紅葉と温泉を1年ぶりに楽しみました。

旅行記事はまだ書いていませんが、今回は撮った写真のほとんどがピンボケで
すっごく、苦労して撮ったのに・・・がっがり(T_T)
でも・・・!
雰囲気は伝えたいので記事更新の際は写真も載せる予定です。
更新したらぜひ見にてくださいね!

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長野県
仙仁温泉 『岩の湯』

宿 入り口

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